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シアター・クリエにてミュージカル「シークレット・ガーデン」を観劇。

 

この作品、原作は「小公女」、「小公子」と同じバーネット。

ミュージカルは1991年にブロードウェイ初演。

メアリー役のデイジー・イーガンちゃんが最年少で主演女優賞を受賞したトニー賞のテレビ中継はBSで観ました。

1993年には来日公演もあったけれど、私は九州にいた頃で観られず。

2015年に、新百合ヶ丘で行われた小規模のを観たのですが、今回、クリエ公演にメアリー役で出ている池田葵ちゃんは、その時にもメアリーを演じていたみたい(ダブルキャストで、この27日マチネには観られなかったのが残念)?

 

今回、本格的なミュージカルとしては日本初演ですね。

「モンテクリスト伯」主演コンビだった石丸幹二さんと花總まりさんの主演。

シアタークリエらしい(良くも悪くも)、シンプルで美しい舞台でした。

 

コンサートバージョンの時はあまり感じなかった(メアリーや子役中心の舞台と観ていたし、リリーが出ていた記憶が全くない)のだけれど、生きている者たちを見守る死者たちを描く話だったのですね(だから幽霊のお花様リリーがヒロイン)。この間観た「LOVE」が死者たちの視点だったのに対し、「シークレット・ガーデン」は生きている側の視点だなぁ~と興味深かったです。

 

石丸幹二さん(アーチボルド)は、’93年の来日版を観たとき、自分が演じられる役はないと思ったそうですが、それから25年たっての日本初演で、ちょうどアーチボルドを演じる年になっていたというのは巡りあわせですねー。この役、hunchbackという設定で、石丸さんはアニメの「ノートルダムの鐘」の吹き替えをしていたけれど、舞台版上演のときにはカジモド(こちらもhuchback)を演じる年ではなくなっている・・・という逆の巡りあわせもあるし・・・と思いを馳せてしまいました。石丸さんの抑制された演技から、亡き妻を忘れられず頑なになった心、息子への愛情がありながら素直に出すことのできない不器用さが伝わってきます。

 

花總まりさん(リリー)は、いわゆる幽霊なのでしょうが、美しく優雅で気品があり、神秘的な存在感(メアリーを差し置いてヒロイン?)。自分の死後、心を閉ざした夫アーチボルドとベッドから出ることのない息子コリンを見守り、メアリーを通じて導いていく姿が聖母のようでした。

 

石井一孝さん(ネヴィル)は、見方によっては子どもたちの敵にも見えてしまう役?メアリーを本人の意に反して寄宿学校に入れようとするし、コリンは歩けないと決めつけ、医師として彼を治療し、健康にしようという気がないように見える。原作では、コリンが亡くなれば遺産はネヴィルのものになるから・・・という面も描かれているけれど、このミュージカルでは、兄嫁(お花様のリリー)を密かに愛していたという切ない想いが根底にあり、悪意は感じられません。ラスト、コリンが歩き出したことに愕然とするネヴィルに、アーチボルドが声をかけたとき(しばらくパリに住んでは?落ち着いたら新しい病院を開くと良い…等)、観客から笑い声が出たのは、カズさんのお人柄にじむネヴィルだったゆえと思います。

石丸さん&カズさんのデュエット「Lily's Eyes」は本当に良かった。なかなかない男性同士のデュエットナンバー、これからいろんなミュージカル俳優の皆さんが歌ってくれると良いな~と思います。

 

昆夏美ちゃん(マーサ)のメイド役は意外で、昆ちゃんには役不足(本来の意味で)では?と思ったのだけど、終盤のソロ「Hold On」が凄く良かった~。「Lily's Eyes」の次に印象に残っています。昆ちゃんも、役の幅が広がったのでは?

 

松田遼くん(ディコン)は、初めて聞いた「TENTH」の時の方が印象が強かったかなぁ?動きや演技があった分、歌だけに集中していた「TENTH」の時より印象が散漫になってしまって・・・。「Winter's on the Wing」は良い歌なので、また聞きたいと思います(誰かライブで歌ってくれないかなぁ~?)。

 

上垣ひなたちゃん(メアリー)と鈴木葵椎くん(コリン)の子役コンビは芝居が達者。最近、「ビリー・エリオット」、「メリー・ポピンズ」など子どもメインのミュージカルの日本初演が続いていますが、以前なら日本人子役の力量不足で翻訳上演できなかったであろう舞台を上演できるだけの子役が育っていること嬉しく思います。

 

児童小説が原作の舞台で、いわゆる子供ミュージカル・・・を期待していくと、かなり驚く作品かも?

生きている人間たちを見守るゴーストがいて、それはメアリーの精神世界でもあって、生と死、過去と現在、現実と精神世界・・・が混とんとして共存。

庭を開き、蘇らせることと、心を開き、蘇らせることをリンクさせたメタファー。

なかなか一筋縄ではいかない、一度見ただけでは完全な理解はできない舞台ではないかと思います。

 

ただ、そのような世界観の印象が強く、大人たちのドラマが膨らんだ分、本来の子どもたちのストーリーが希薄?鍵がすぐに見つかったり、ドアはいつの間にか見つかったり、コリンはいきなり立ち上がったり・・・私的にはここ、もっと時間かけて過程を見せてほしい・・・と思う部分が意外とあっさりでした。

 

透かし彫りのような装置はクリエらしくシンプルで、洗練されている・・・とは思いました。大きく威圧感もある茶色の装置が枯れた庭、冬景色を表し、クライマックスでは色とりどりの光がさしてステンドグラスのように輝き花園を表す。普通の舞台なら私も、センス良いと褒めるところだけど・・・・・・やはり、花園には花が欲しかった(お花様の衣装だけでなく)・・・・・・。ラストシーンだけは抽象化せず、圧倒されるほど満開の花が観たかったなぁ~と思います。クリエでは、装置にお金かけるの難しいのかなぁ(この間の「マディソン郡・・・」も・・・以下自粛)?

威圧が勢ぞろいだよ♪

こんにちは。komkomkokomです。

当記事では、学生時代に自己愛性人格障害者のターゲットにされ、心を抉られた私の体験談を書き記します。

同じように自己愛性人格障害者に心を抉られている方がいらっしゃったら

 

どうか

 

大丈夫。アナタだけじゃない。アナタは何も悪くない。だから自分を絶対に責めないでください。自分を否定しないでください。洗脳されないでください。自分に対する自信を無くさないでください。

 

半生を綴るような書き方になり、かなり長いですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

 

それではいきます。

 


実は

 

学生時代の同級生だけでなく、私の父も自己愛性人格障害者(の疑惑)でして、母と私に精神的虐待(モラハラ)を20年以上続けました。

 

小さい頃から母が泣かされるの見て育ち、テストの成績が悪かった私は父に「お前は猿以下だ」と言われました。ついこの間まで、なにかと私の粗を探し、威圧的な物言いで人格否定や罵倒は日常茶飯事でした。

そんな父であっても私は何度も父に趣味の話や将来の話など普通の日常会話をしようと試みましたが、父はいつも否定から入り、持論を私に押し付ける始末。「もう話にならない」と感じた私はいつしか父を避けるようになりました。

 

その後、ついに私は父からの執拗な言葉による暴力に限界が来て、学生時代の自己愛の同級生を引き合いに出し、自己愛の特徴を言ったら自覚したのか、今に至るまで口をきかなくなりました。

 

父に対して申し訳ない気持ちもありますが、母と自分を守るための行動だったので後悔はしていません。

 

で、

 

話を学生時代に移します。

学生時代ですが、小、中、高、大と私は自己愛性人格障害者のターゲットにされました。


小、中の自己愛は同一人物で、ソイツから小学生のときにいじめに遭い、中学では、リンチに遭いました。彼を自己愛Aとします。

 

その後、同窓会の時に会いましたが、彼は中卒で、私は大学生をやってて、Aに対し恨みが積もっていたので、暗に見下した態度を示し、「自分に自信があること」を態度に出したら消えてしまいました。


Facebookで繋がっていたのですが、Aに私がターゲットにはならないことを思わせるために、「友達」になった当初は、Aの記事にひたすら「いいね!」ボタンを押しまくりました。

当然、彼は以前のように私がAのターゲットになると思っていたようです。そして、突然、「いいね!」ボタンを押すのをやめ、Facebookの友人から外しました。そしたら彼のTwitterでは、「○○(私)は一生、俺の後を追うんだよ」とわけのわからないことを呟いていて、当時、私は爆笑してしまいました。


面白いことに、その後、ツイートの内容が私のfacebookの記事のモロパクリだったことから彼は私の真似をするようになったんですよね(後を追ってるのお前じゃん)

 

その後のAは知りません。


次に高校時代に私をターゲットにしていた自己愛Bです。

 

高校二年の時の話です。

担任は、進級時にHRで「いじめがあったら俺に相談しろよ。俺はいじめだけは絶対許さないからな」とクラス全体に言いました。

 

自己愛Bは、2年進級時、下のコースから進級してきた私が一学期の期末試験でクラス3位になった私をターゲットにすることにしました。

Bは勉強も部活も上手くいっていないようでした。よく自分が好きな音楽をクラスの同級生に語り、「俺、ミュージシャンになろうかな」などと言ったり、現状の偏差値では到底、入れない大学を「絶対に入るわ」などと周りに語り散らしていました。懐かしい。


Bの件は最悪でしたね。まさに地獄絵図でした。なぜなら担任も自己愛性人格障害者で担任とBは結託していたように私は感じました。

 

私は、目が悪く、高校が私立だったので眼鏡を買うお金がなかった私は、いつも黒板のすぐ近くの席に座っていました。アルバイトは校則で禁止されていました。

席替えではいつも私の席の後ろにBが配置されました。クラスに仕組まれていたんですかね。

 

Bによる具体的な罵倒、嫌がらせの内容は、

 

・教師がいない間はひたすら罵倒

 

→「アイツ(私)、生きてる価値ないよね」、「アイツの家燃やそうかな」、「アイツの親ってゴミだよねきっと」、「とっと自殺してくれないかな」、「アイツがもし結婚したら嫁を強姦して、その子供を五体バラバラにしてやる」と言われました。

 

・靴の中に異物

→体育シューズの中にポテチの食いかけとゴキブリの死体が入っていました。

 

・生徒の間に干渉しなさそうな教師に私の愚痴を持ちかける

→「先生、コイツ(私)うざいんですよ。殺していいですか~?」と言っていました。

 

など。

 

最初は我慢していましたが、あまりの酷い言いっぷりに限界が来ました。

「いじめはなんとかする」と言った担任にBの件を相談しました。


しかし、私がBから罵倒や嫌がらせを受けても、担任は見て見ぬふりどころか、

「お前のやられていることはいじめじゃない。いじめは集団で受けてからがいじめだ。相手はBだけじゃないか。言い返せよ。」、「Bは家庭環境が良くないんだ。お前がBのストレスを受け止めてやれ」と言う始末。「無理です」と職員室で泣きながら訴えた私にビンタをする仕草をしかけていたのをよく覚えています。

 

私はBに言い返すことができませんでした。

 

言い返したらBにもっと酷い事を言われ、激昂した私はBをボコボコニしかねない→そうなってしまったら私が停学になる。

 

何より子供が意見を言うことを認めない強権的な父の元に育ったため、幼い頃から人に自分の意見を言ったり、反論することができませんでした。

 

それと私はあのクラスでどっぷり洗脳されていたと思います。

 

だって

 

メモ帳やボイスレコーダーで記録して、教育委員会やマスコミに提出すれば済む話ですよね。

 

ホント、今思えばそうしなかったことを非常に後悔しています。

 

あのクラスにいたとき、担任に厄介者扱いされたことやBにひたすら人格否定をされたため、「自分がいることが悪いんだ」と本気で思っていました。

 

それとクラスの結束力の強さが私にとって辛く、眩しかった。

 

クラスの連中は私がBに攻撃されているのは見て見ぬふりですが、彼らは普通に学生生活を、恋や部活に夢中でした。

そんな大事な時間を私のようなクラスの除け者が邪魔をするべきではないと思っていました。ちなみにクラスの男子はBが私の愚痴を言うと、それに便乗して私を笑っていました。

フツーにいじめやんけ・・・。

 

 

担任に関して、

 

私にとって、これまで見てきた教師で間違いなく最低最悪の人種でした。


喧嘩両成敗(いかなる理由があろうと暴力を行使したら停学)の高校で、さらに担任はこうも言いました。「喧嘩をすればいいんだよ。Bが嫌なんだろ?じゃあ殴るしかないじゃん」と。


その高校は生徒による暴力は校則違反で停学処分。教師による暴力、体罰は日常茶飯事です(ちょっと前にそれが問題化して、表に出ていました)。


体育の授業の日です。サッカー中にBは私にわざとおもいっきりぶつかってきました。「明らかにBによる暴行で、正当防衛は成立する」と高校生ながら思った私は担任の言われるがままに彼の頬を殴りました。

するとその過程をずっと眺めていた体育の教師に「今のはお前が悪い」と言われました。

「いや、明らかに先におもいっきりぶつかってきたBが悪いですよ」と言っても聞く耳持たず。

 

授業終了後、Bと共に廊下に呼び出され、担任から「停学取り消しにしてやったから次はこんなことするんじゃないぞ?」と言われ、Bとの仲直りの抱擁を強要されました。いや、アンタがそうさせたんでしょう。

その後のHRにて、クラス全体で「お前らPKOって知ってるか。国連平和維持軍のことだよ。クラスでこういう事態に発展したらお前らがPKOになって助けないといけないんだよ」などと今、思い出すだけでも吐き気がするようなことを偉そうに言っていました。クラスメートはそれを否定せず、担任の綺麗事を「先生、かっこいい」と言い放ち、見事に洗脳されていました。


その後、私は「Bを殴ったA級戦犯」のように見られました。

クラスだけでなく、学年中にそのことが伝わったようです。まるで犯罪者を見るかのような目つきで見られ、私はその高校の異常性に絶望し、転校しました。

 

去り際、担任は私に「どこへ行ってもお前は同じだぞ。社会に出たら、ここで上手くできないお前の人生は変わらない」と言い放ちました。どこまで人を洗脳する気だ、この教師は。

 

転校先の高校に初めて訪問した時に会った教頭先生にそのことを全て話しました。

 

すると「本当に酷い思いをしたね。それは異常ですよ。ボイスレコーダーやメモ帳にでも記録して教育委員会に提出すれば、その担任と生徒をしょっぴけたんだけどなぁ。あー、悔しいですよ私も」と言ってもらったことが何よりも大きな救いになりました。

 

その後、私は一浪の末、大学に進学しました。

Bと同じ大学に進学していないか不安だったので、Facebookで検索していたところ、私の近くの大学に通っていました。おい、俺の進路表見ていたのかよ・・・あぁ、担任しか知らなかったし、アイツが漏らしたんだな・・・。益々、気持ち悪さが増しました。

ただ、大学進学以降は一度も遭遇していません。遭遇したら殺意のあまり私も何をしでかすかわかりませんし・・・。いや、凄い、ストーカーレベルのしつこさですよ。

 

次は大学時代の自己愛性人格障害者Cです。

 

私は彼を通して、自己愛性人格障害の存在を知ることになりました。

彼はサークルを通じて、知り合いました。第一印象は「爽やかで優しい人」でした。

 

が、

 

次第に彼の本性が表に出てきました。

 

彼は、

 

・過去の経歴を捏造するような虚言癖がある

・暴力や悪に対する憧れ(ヤンキーや暴○団など)が強く、やたら「自分は昔、ヤンキーだった。いじめもしまくった。というようなことを私と会うたびにしつこく語る

・努力が嫌いで、楽して何かを成し遂げようという傾向が強い(努力を否定する)

・女性の趣味は弱い者いじめそのもの(客観的に見て美人とは言い難い女子と付き合う、自分と見た目が釣り合わない女子と付き合う)

・とにかく何かを始めるにあたって、人と張り合いたがる(ターゲットに対する優位性を強く主張したがる)

・人を平気で利用するような発言、昨日と今日とでは言ったことがまるで違う、自分が言ったことを「あれ、そんなこと言ったっけ」と平気でしらばっくれる

・人をディスるのは好きであるが、自分がその対象になると異様なほどキレる

・彼女に対する暴力行為を度々見ました

・都合が悪い時は人の情けに平気で漬け込み、被害者アピール

 

こういった明らかな異常性に気付き、ネットで検索していたところ、「自己愛性人格障害者」という病名を見つけ、本を読んで情報を集めました。

 

なるほど

 

全てが繋がった。

 

そういえばAやBも自分の親が元ヤンであることを周囲に語り散らしたり、不幸自慢や悪に対する憧れ、弱い者いじめ志向が強かったです。

 

Bは私を攻撃しているときに「GTOみたいないじめしてぇわ」とアッサリ自分がいじめをしていることを周囲に言いふらし、認めていたのを思い出しました。

 

Cは自分は鈍感であることを私にアピールしているつもりですが、私は彼が演技をして私を騙そうといることを全て見抜いています。それも4年も前から。

それに彼の思考回路を全てパターン化しています。

 

私は見抜いていることをあえてバレないようにひたすらイエスマンを演じていました。

マトモに相手するのが面倒なので、私はCの思うつぼになっているとCに思わせて、一人で満足させてやりたかったので。

ただ、彼といても時間と労力の無駄なので縁を切りました。

 

とにかく時間の無駄でした。

 

関わるだけで、Cの連れによって詐欺の被害にあったことやCと関わりを持ってしまった多くの同級生が彼の取り巻きになり、Cと共に私をターゲットにし、私の人格を否定をするなど思い出すたびに憎たらしいです。

 

友達多いアピールに必死な模様でしたが、私は学科内に友人はけっこういたので無駄な努力だとは思いましたが。

 

彼らは未だにCの取り巻き、同調圧力として無駄な時間を費やしてしまっているのだろうか。

悲しいけど、仕方ないと思います。

いずれ、彼らは時間の無駄だったことに気付き、自分達が二次的自己愛性人格障害の被害を受けていることに気付くかもしれません。

 

かなり長くなり、多少はっしょってしまった部分もありますが、以上が私が遭遇した自己愛性人格障害者です。

 

とにかく彼らのような人と遭遇したら

 

・絶対に関わりをもたないこと

・同じ人間だと思わないこと(いっそうのこと「出来損ないの人間」、「人間のクズ」だと思ってください)

・同情を求められても無視してください(あなたが強く言えるタイプの人だったら「簡単に人に同情を求めるなんて、思考が詐欺師と一緒だね」と言い放つのもありでしょう)

・もしもできたらですが、「お前、自己愛性人格障害者だろ」と言い放ち、その特徴を相手に言い放つ(くれぐれも無理はしないでくださいね)

・自己愛性人格障害でない友人とつるむこと

 

それと大事なことをもう一つ、

 

・自己愛を可哀想だと思わないこと(その哀れみに自己愛は噛みつきます)

 

 

 

そうすればターゲット回避の確立は高まると思います。

私のように馬鹿みたいに自己愛の中身のない安っぽい同情に振り回されてはいけません。

 

ただ、注意点として!

自己愛性人格者は同じ自己愛性人格障害者を取り巻きにし、ターゲットに集中攻撃を仕掛けます。これだけは肝に銘じてください。

 

今回はこんなとこで終了です。いやー長いし、思い出すたびに腹が立ちました(汗)

 

ブログをまだ始めたばっかなので、内容に不備があったら申し訳ありません(AやBに関しては自己愛の特徴に該当する書き込みが少ないと思うかもしれないので、次回以降の記事に追加で書きますね)。

 

それに自己愛によって私が現在、どんな末路に至ったのかも書かないと・・・!!

 

 

次回の記事では、自己愛性人格障害者の特徴、自己愛と健常者との判別方法、自己愛の思考パターン、心得、対策などなど思いつくことを書こうと考えています(先に書けよって話ですよね・・・)。

 

 

もしも、同じような経験をした方や現在、自己愛に苦しめられている方、周囲に自己愛の疑惑があると思う方がいらっしゃったら、コメント受け付けております。

当記事の感想も受け付けております(できれば辛辣な書き込みは控えていただけてもらえると助かります)。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

それでは、失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

威圧のよろこびを


自分の人生の主人公って

「自分」なワケで

自分の周りにいる人達って

家族でも友達でもあかの他人でも

皆、ただの登場人物「その1」だよねーニヤニヤ

(*「家族」は重要な登場人物だけどね)



私今まで生きてきて、
私の人格を否定した人間って
この世の中に2人いるんだけど、

2人とも韓国人。笑い泣き笑い泣き笑い泣き

(そのうちの1人は義母(シオモニ)ねゲロー



それ以外のあかの他人から
直接嫌がらせを受けるとか、
意地悪されるとかは

今までの人生でほぼない。
(聞かれたから考えてみたんだけど)


むしろハッキリ物事を言うから
逆に他人を傷付けることの方が多いかも滝汗



まぁ、
色んな人達がいるこの世の中で

自分って
誰の為に生きてるかって

自分や大切な家族の為に
生きてるワケで、

そもそも他人の顔色を伺って、
傷付けられたと悲しんで生きる必要は全く無い。




例えば他人から同じ事を言われて

「こんなコト言われた~えーん
と傷付く人もいれば、

「は?コイツ何言ってんの?バカ?」
と怒る人もいる。


その時に

大切なのって
自分軸で自己肯定感。


嫌味や嫌がらせをされても
「自分は間違ってない」と思ってるなら
他人から何を言われても、されても
怒りは湧くけど深くは傷つかないんだよね。


だって、


ただの自分の人生の中に出てくる
登場人物「その他多数」のエキストラの中の
どうでもいい人なんだもん。ニヤニヤ


しかも、そもそも
他人からそんな扱いをされる自分なんて
ありえないワケだから、

そういう『設定』と言うか…

無意識に自然と
「自分は大切にされて当たり前」だと
思ってる人は、

他人から嫌味や嫌がらせなんて
やっぱり
全然されないんだよね。ニヤニヤ





自己肯定感ってね、
親の人格や育ち方でかなり左右されると思う。


ってことはよ、


アナタの大切な子供って
アナタ次第でいくらでも
『自己肯定感』を高く持てる様になるんだよね。




別に両親が揃ってなくても、
例えアナタが複雑な家庭で育ってたとしても、
アナタ自身の『自己肯定感』が低くても


アナタの子供は
アナタ次第でいくらでも変わるんだよね。


だから自分を大切にするのは
モチロン当たり前だけど、
『家庭』の事も大切にして欲しい。



人生の基本的な部分を占めるのって
『家庭』なワケで

そこがブレて
「自分」だけ 楽しめばいいと錯覚してる人達も多いけどね、


例え一時的に楽しい事をしたとしても
根本的な『幸福感』は満たされないんだよね。


既にズレてるから。




一時的な楽しみだけじゃなくて
一生の『幸福感』を持ちたいなら、

『家庭』を

『家族』を

『子供』を大切にしてね。





ちなみに、
誤解ないように書いておきますが…


暴力や威圧的な態度は
絶対的に間違ってるから。



日韓夫婦で多いけど
暴力を振るったりする人間は

『大切』にする価値ありませんからね。



アナタはジッと耐えたり
我慢する必要ないです。



そんな最低な奴は
棄てちゃって良いくらいの案件ですから真顔





昔から私、

『ゆりなりんって 
家庭第一主義だよね~』

と、よく言われてたんだけど




自分のパワースポットって

『自分の家』

だと思ってるんだよね。




家庭内の居心地の良さが
自分にとって1番いいんだもん。

これ、ホント大事。



前もココで書いたけど

     ↓↓↓





自分が帰りたくなる家。

家族みんなが帰りたくなる家。

ホッとする家。

居心地の良い家。

それが1番大切デレデレキラキラ












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